一昨日、私の中で鳴り響いていたのは、枯れたギターの調べと少ししわがれた感じの男性の歌声だった。それは遺品の中にあった一枚のレコードの中の一曲だった。レコードプレイヤーなど持ってはいないし、CD化されているのかすら探していないくらいだから、私はその唄い手のファンとは云えない。私はその曲を実家のステレオで一、二度聴いたことがあるに過ぎない。只、当時高校生だった私の心に、その唄は何故かくっきり刻み込まれていた。
人並みに多感であった高校生の私は、部活の無い夜や土日に街をあてもなく彷徨うのが好きだった。ひとけの無い図書館で天井を見上げるのと同じくらいに、誰もいない早朝の体育館のガランとした空気と同じくらいに、街は私の個を怜悧に実感させてくれ、煩いほどの喧騒も行き交う人の群れも、好奇心の触手だらけの私には、ひどく気持ちがよかった。
偶に声をかけてくるウザサ満点の蠅さえ気にしなければ、街はお金の掛からない遊園地だ。本を携え何処かで読み、道行人を所在無く観察し、気の知れた友人と他愛の無い会話を弾ませ、ときに泣きときに笑いときに怒り。馬車が南瓜に変わる頃帰宅する私は、ごくごくありきたりの高校生だった。
そんな日々、ときどき口ずさんでしまう唄があった。品行方正学力優秀のレッテル貰いながらも、一体全体、私は何をしたいのだろう私はどんな船に乗りたいのだろう、と、当たり前の高校生が当たり前に悩むように、私も例外ではなかった。そんな時、口から漏れ出すのが、その唄だった。私の記憶が定かなら、その唄い手の名はボブ・ディラン。その曲の名は『Like a Rolling Stone』。
How does it feel,How does it feel,To be without a home. Like a complete unknown.Like a rolling stone ?
乾いた綿が雨に打たれ吸い込んだ水分でずっしりと重くなるように、その唄が出てくると私はブルーになった。その唄を口ずさんでしまう自分の遣る瀬無さを打ち消すように、同じボブ・ディランの別の唄を唄ってみるのも、そんな時のルーチンだった。その唄は『Blowin' in the Wind』。私のブルーはますます深い海の色になった。
The answer, my friend, is blowin' in the wind, The answer is blowin' in the wind.
(回想省略)そして、自分の生きる道を見つけた私は、ピカピカの大学生になった。
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